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  • 2026年7月31日
  • 2026年6月11日

ハイブランド買取物語16 ロレックス GMTマスターⅡ 矢野昌也の場合

6月のボーナスが入った週の休日に、矢野昌也(22)は朝早くから支度を整え駅前の大きな百貨店へ向かった。
迷うことなくたどり着いた店はロレックスだ。
この日のために事前予約をしておいた。
矢野は逸る気持ちを抑えつつ自動ドアをくぐり抜ける。
ようやく俺もロレックスを手に入れることができるんだ……!

子どもの頃からの夢が叶う

矢野がロレックスと出会ったのは小学生の頃だった。
父親の手首に鈍く光る腕時計がはまっているのが目についた。
(カッコいい!)
矢野は父親に頼んで着けてもらった。
喜んだのも束の間、ブレスレットがブカブカで床に落としてしまう。

「大人になったら自分用のロレックスを買いなさい」

父親は笑ってそう言った。

大学入学祝いや就職祝いにロレックスをねだったが、父親はいつも同じ返事しかよこさない。
「自分で買いなさい。その方がありがたみが分かるから」
不満もあったが言いたいことも理解できたので、今まで我慢してきたのだ。
そして、今日、ようやく矢野は自分だけのロレックスを手に入れた。

何本も試着した、最高の1本だ。
ゴツくて重くてカッコいい。
子供の頃の夢が叶った瞬間だった。
矢野は目を輝かせながら、小さなショッピングバッグを手に帰宅したのだった。

ライフステージの大きな変化

「お相手のご両親に手土産は必要かしら」
「相手の人はいつ挨拶に来るんだ?」

矢野の両親はソワソワしている。
一人息子の結婚が決まったためだ。
相手の女性とは同期で入社して数年間、お互いを励まし合い切磋琢磨して愛情を育んできた。

「家はどうするの?」
「会社の近くに借りるよ」
「マイホームは建てないのか」
「今のところは予定してない」

矢野はこれまで実家暮らしだった。
結婚したら、もちろん実家は出て行く。

「引っ越すのね。なら自分の荷物は片付けてちょうだいね」
「ちょっとは置いといてもいいだろ?」
「お母さんね、あなたが出て行ったら自宅でピアノのお教室をやりたいの。もう何人からも教えてほしいってお願いされてるの。だから荷物は全部持って行ってちょうだい」
「…………ワカリマシタ……」

矢野は部屋の中央に陣取り、ひとり黙々と片付けに励んでいる。
そんな中、ひとつの小箱が指に触れた。
数年前、社会人1年目に買ったロレックスだ。

「これ、こんなところにあったのか」

買った当時は本当に嬉しくて、毎日会社に着けて行った。
休日も外出する日は着用したし、家でまったりする時はロレックスを眺めることさえあった。
ところが入社3年目にもなると、ロレックスはしまいっぱなしになる。
(腕がずっと重い……俺には合わないのかも……)
仕事のパフォーマンスにも影響しているように感じ、矢野はロレックスではなく別の腕時計を着用するようになった。
それ以来ロレックスのことは忘れてしまっていた。

思い出を手放し新たな一歩を踏み出そう

ドアを開けると、店員が恭しくお辞儀をしてくれた。
初めて入るタイプの店だったが、内装が柔らかくまとまっており、緊張はすぐに解けた。
ここはハイブランド買取専門店Dan-Sha-Ri(ダンシャリ)。
矢野は使わなくなったロレックスを売却することにしたのだ。
この店は通勤経路上にあったので来店しやすかった。

矢野は久しぶりにロレックスを発見してから、売却するかどうかを真剣に考えた。
この腕時計は社会人1年目に初めて自分のために買ったという思い出がある。
ロレックスを手に入れた時の興奮、感動。父親と同じ土俵に立てたという高揚感……。
様々なものがこのロレックスには含まれている。
もはや自分にとって他のロレックスよりも価値のある個体になってしまった。
だが「結婚」という新たなステージに、果たして「社会人1年目」の思い出を持って行くべきなのか。
社会人としての思い出なら他にもたくさんある。彼女の存在だってそうだ。
今の会社に入社したから彼女と出会い、結婚することになったのだ。
そうだ、やはりこのロレックスは手放そう。
そうして自分は胸を張って新たなライフステージに立つんだ。

「お売りになりたいものをお見せいただけますか」

はっとして、テーブルの上にロレックスを置いた。
店員はロレックスをあらゆる方向からチェックすると、ものの数分で査定を終えた。

オーバーホールはなさっていないようですね。そうなりますと、少し査定額が落ちまして、このくらいになります」

提示された金額は、この前買った婚約指輪よりも高額だった。

高品質のものを子どもにも

「ただいま」
「おかえり。純ちゃん、もう寝ちゃったみたい」
「分かった。静かにするよ」

帰宅し、そっと子ども部屋から幼い息子の寝顔を覗き見る。
すべすべの肌に真っ赤なほっぺ。
矢野はそっとドアを閉じた。

この数年で様々な変化が起こったが、矢野は流れに身を委ねて乗り切った。
テーブルの上に置いた腕時計はロレックスではない。だがあの頃の自分を高揚させ、引き上げてくれたのは間違いなくロレックスだ。
(息子が大きくなったらロレックスを与えよう。きっと喜ぶ)
矢野は家庭を支える夫と父親の顔で妻と遅い夕食を摂った。